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株式会社ユーティエス (UTS国際教育センター)
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UTSの歩み

UTS国際教育センターは1971年の創立以来、
旅と学びを中心に、世界と日本の文化交流を育み続けてきました。
ここではUTSの歩みを12回に分けてご紹介していきます。

毎月10,25日コンテンツを随時更新していく予定です。
お楽しみに!

UTSという組織がその歴史の一歩を歩み始めたのは、1969年
に現UTS代表池野健一が、法政大学英語研究会(Hosei ESS)
に入部したことに始まる。ただし当時日本を訪れる外国人は圧倒
的に少なく、ESSで英語を研鑽するといっても、畳の上で水泳練
習をするようなものであった。翌年、池野は東京都内のESSの
ネットワークを通じて、大手旅行会社の通訳・ガイドの仕事を得る。
1970年の万博に訪れる外国人と共に各地の有名地に出向き、
その土地を説明したり日本について語ることは、池野が世界へと
目を向ける契機になった。
 
その年の10月、上記の仕事を通じての池野とウオルシ博士の出会い
は、その後のUTSの発足にとって大きな契機となる。
彼はスウェーデンに本部を置く、ヨーロッパ学生の留学斡旋を行う
非営利団体Student International Society (SIS)とゆかりのあるドイツ
人であった。ウオルシ博士は経済論についての意見交換を通じて池野
と意気投合し、彼に留学ビジネスの話を持ちかけた。
博士の誘いは、ホームステイをしながらの海外短期留学をビジネスと
して扱わないか、というものであったが、当時の日本ではまだそのよう
な留学体系は存在せず、池野はこの話を実感として理解できなかった。
 
これには当時の時代背景を考慮する必要がある。この時代、一般渡航(観光・留学)における資金持ち出し限度額はU$700以内であり、それが1970年3月からU$1,000に増えたと喜ぶような時代である。しかも$1は360円の固定レート。当時の留学とは、ブリティッシュカウンシル(英国)、フルブライト(米国)などの外国政府の奨学金試験に合格して初めて実現するもので、一般の人にとって私費留学は夢のまた夢であった。
 

ウオルシ博士は、SIS幹部候補生としての研修を兼ねて、自分と共にヨーロッパへ来てみないかと池野を誘う。書物でしか見聞きしたことのないヨーロッパを実際訪れてみたいと考えていた池野は、その申し出に応じた。数ヶ月後、ウオルシ博士からSIS日本代表の研修生として受け入れるという連絡が入る。また池野のもとには、研修手当てとは別途に研修期間中の宿泊費を全額SISが支払うという招聘状がスウェーデン本部より届いた。

 

まだ大学生の池野にとって、そんな話が持ち込まれることは半信
半疑であったが、ウオルシ博士の指示に従い5月に日本を発った。
当時、ヨーロッパ旅行といえば、2週間くらいかけてヨーロッパへ向
かうシベリア鉄道の旅と相場が決まっていた。だが行く直前、アエロ
フロートがモスクワ経由の格安航空券を売り出した。費用はシベリア
鉄道と同額ながら、わずか10数時間でロンドンに行ける事となった。


1週間のロンドン滞在の後、1ヶ月間ほどフランクフルトでSIS幹部候補生として研修を受けながら暮らし、次に2週間、本部のスウェーデンにて、SIS代表のお宅でホームステイしながら戦略的に考える研修を受けた。また代表の案内でイングランド南東部、SISの支部のある約10都市を訪れ、最後に英国の有名避暑地、トーキーにて1ヶ月間、英語研修に来ているヨーロッパの学生の世話をした。

 

東京で育った池野はそれまで一人暮らしをしたことがなく、外国で暮らしたこともなかった。そのような人間が、いきなり日本人がいない環境に身をおき、会社経営や戦略について考えることを求められ、ヨーロッパ人から日本に関するありとあらゆる質問に答えたということは、池野にとって非常に貴重な体験となった。なにせトーキーの町の大通りを歩いていると、通行人が一斉に池野に目を向ける。トーキーの町では生まれて初めて東洋人に会ったと、英国人は言われたこともあったくらいだ。

研修中にヨーロッパ人の様々な質問に答えながら、池野は日本という国について考え続けた。またヨーロッパの人々との交流を深める中で、敗戦からコンプレックスのあったアメリカという国を角度で分析し、諸外国とのつきあいを学んだという。

1ヶ月のヨーロッパ旅行とロンドン、パリ滞在を終え、SISドイツ・スウェーデンの代表者とフランクフルトで最後の討議が持たれた。スウェーデン本部は意外なことにSIS日本支部設立をキャンセルしたいと言いだした。というのも日本はまだ外国資本の規制が強く、留学、語学研修にお金を使える階層が未成熟であると判断されたためであった。そこで池野は研修中に教わった経営術を基に交渉し、本社から借金し池野個人でリスクを負って日本での留学ビジネスを始めることを提案した。最終的にその案が受け入れられ、自己責任において、SIS日本支部代表という一国の主として留学ビジネス始めることとなった。1971年9月のことである。

日本で法人組織を立ち上げるにあたっては、本部同様非営利団体という形をとった。当時SISアメリカ非営利団体としてボストンを中心に活動していたことから、この形態が日本人には受け入れやすいと判断したためである。実際、小額の資金ではできることは限られている。そこで池野の実家の応接間を事務所に改造し、企画を練って秋にパンフレットを完成させ、営業を開始した。

これが、UTSの全身、SIS日本支部が産声をあげた瞬間である。

 
 
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  UTSの歩み
1
  UTSの前身:Student International Society SIS
日本支部発足
2
  1974年:英国留学の実現
<70年代の留学事情>
3
  1975年:オックスフォード
研修開始
4
  1976年:UTS<United Travel Study Service>発足
5
  「旅学」の名に込めた意味
6
  第1種旅行業ライセンス
取得へ
7
  留学国際団体への参画
~1970年代から現在まで~
8
  日本旅行業協会(JATA)
ホームステイ等適性化協議会での活動
 
  今後公開予定コンテンツ
9
  海外留学生安全対策協議会(JCSOS)の発足
10
  海外留学生安全対策協議会(JCSOS)の現在
11
  大学・高校の海外研修の
実施
12
  留学会社乱立時代に、UTSが目指すもの
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